――女は純白をその身にまとっていた。普段は黒いスーツを着ている女の白い服。
髪の銀と肌の白が相まって、女の全ては白く見えた。
それを呆然としながら眺めていた女がいた。赤い髪をしている女も白い服を着ているのだが、顔が真っ赤になっているために、赤が浮き上がっている。
これは小さな結婚式だった。暗くなった部屋の中、二人っきりの結婚式。
赤い女は白い女を抱きしめて耳元でそっと呟く。
「大好きですよ、咲夜さん」
「私もよ、美鈴」

                    *

その日の空はどこまでも広がっていそうなほど綺麗な青だった。日光がさんさんと降り注ぎ、湿っていた土を乾かしていく。
今は6月。梅雨真っ只中。
ここ最近は雨ばかりであった。今日は久しぶりの快晴である。
「んー……いい天気だなぁ」
そして、そんな快晴を満喫している人が一人。彼女は紅美鈴。“紅魔”という会社に雇われている警備員の一人である。
彼女は赤い髪をなびかせ、風を感じている。どうも仕事のことを忘れてのんびりとしている最中のようだ。大きくのびをして体をほぐしている。
「あはは、また眠くなっちゃうなぁー」
美鈴は目をごしごしと擦って目を覚まそうと尽力している。
前に仕事中に寝てしまった時には彼女の上司に怒られてしまったのだ。
とはいえ、その上司は直接の上司というわけではない。だが、紅魔に雇われている美鈴にとっては上司だろう。
今頃、その人は美鈴の後ろにそびえ立つビルの中で仕事をしている。
ようするに、紅魔の正社員。美鈴は、紅魔に雇われているとはいえただの警備員。となれば、やはり上司という呼称は間違いではないはずだ。
だから、その上司には美鈴を怒ることはたしかにできる。
サボっていた美鈴がいけないのも確かだ。
「でも、咲夜さんももう少しくらい大目に見てくれても……」
「あら、呼んだかしら」
「えっ!?」
突然後ろから声をかけられて、美鈴はとっさに振り向く。そこにいたのは銀の髪の女だった。
目は今日の空より深い青。まるでサファイアのような色。
ぴしっとしたスーツに身を包み、仕事の出来る女、という雰囲気に包まれている。
彼女は十六夜咲夜。紅魔の敏腕社員。恐らくは社長に最も信頼されている部下だ。
そして、彼女こそが“美鈴を叱る上司”である。
だからか、美鈴は怒られないように焦っていた。
「さ、咲夜さん……あの、えと、サボってませんよ!?」
「一々そう言うってことはやましいことがある、っていう意味なのよ?」
「えっあっ………と、ところで、咲夜さんお出かけですか?」
美鈴は言葉につまり、とっさに話題を変えた。そんな美鈴の焦りを咲夜は少し笑う。
そして、咲夜は美鈴の質問に答えた。
「今から昼よ。そこで食べてくるの」
「昼ですか。いいですね……私まだ食べてないんですよ」
「お腹すいてないの?もうこんな時間よ」
咲夜はポケットから金色の懐中時計を取り出す。
その時計の針は既に二時を刺していた。
「あ、あれ?もう二時ですか……どうりでお腹が空くと思いました」
そして、美鈴は咲夜にその場で待つように言ってからビルの中に入っていった。
咲夜は何事かと思いつつもそこで待機していると、警備員用の制服を脱いだ美鈴がそこから出てきた。
咲夜は怪訝そうなそうな顔をする。
「一緒に食べに行くの?」
「そのつもりで来ました」
「………まさか、サボりじゃないでしょうね?」
「ちゃんと許可はもらってきましたよ」
咲夜は仕方ないわね、と呆れたような表情で呟いた。
美鈴の目を見てふっと笑みを作る。
「許可をもらってきたなら構わないわよ」
「そうですか!……と、というか咲夜さん。私に少し厳しすぎじゃないですか?」
美鈴は少し寂しそうにしながら咲夜を見つめる。それから、咲夜の目の前に指を突き出した。
「もう少しやさしくしれてもいいじゃないですか。私たち恋人なんですから!」
「……恋人だからこそ、ちゃんとしてもらいたいから厳しくなっちゃうのよ」
咲夜は頬をほんのりと赤く染めながら美鈴から目を逸らした。
この二人が恋人同士となったのは今から二年ほど前の話だ。咲夜は高校を卒業してからすぐに会社に入ったのだが、もう二年前には咲夜の力は会社にとてつもない貢献をもたらしていた。
そして、咲夜がいつも通りに仕事を行っていた時。
『金を寄越せ!』
という声がした。
言わずもがな、それは強盗である。
その強盗は、美鈴の同僚を気絶させ、そこまで来たようである。もうすでに後戻りはできないとわかっているからか、焦りは異常であった。
手に握られたナイフは男の心境のように振るえている。
そして、それをみた咲夜は足に取り付けてあるナイフを投げれば相手は怯えて逃げるかと思い、それを実行しようと考えた。
咲夜がナイフに触れた時、美鈴が現れた。
美鈴は強盗の後ろから跳び蹴りを食らわせ、強盗は一発でKO。
そんな衝撃的な登場を遂げた美鈴。しかし、彼女はそのまま強盗を倒したことを誇りもせずに『大丈夫ですか?』と尋ねたのだ。
まるで、自分がなにをやったのかがわかっていないような口ぶりだった。
咲夜はそんな美鈴のことを面白いと思った。
そして、これが咲夜と美鈴の初会合である。
この後に美鈴に興味を持った咲夜はいくたびもの会話をした。最終的には美鈴が咲夜に告白し、付き合う運びになる。
―――これが、美鈴と咲夜が付き合うまでの軌跡だ。
二人はそれから愛情を深め、ずいぶんと仲のよいカップルになっている。
それこそ二人でご飯を食べに行くくらいには仲がいい。
「おいしそうですね」
「そうね」
咲夜と美鈴の前にはおいしそうな料理が並べられていた。咲夜はペペロンチーノ、美鈴はエビチリを注文していた。
二人が行ったのがなんの店なのかよくわからないような品である。
いただきます、と二人は手を合わせる。
そして、咲夜も美鈴もそれぞれ料理を食べはじめた。
「……………」
「さ、咲夜さん。おいしいですね!」
「そうね」
咲夜は考え事をしているようだ。美鈴の問い掛けにはしっかりとした反応を返さない。
話は弾まず、沈黙が走る。
美鈴は気まずくなって、めげずに咲夜に話しかける。
「さ、咲夜さん。段々と暑くなってきましたね。もうそろそろ夏ですかね」
「そう、ね……夏になったら海にでも行く?」
美鈴は咲夜から返事があったことが嬉しくて、顔が向日葵のように明るくなった。
季節が夏になる前に美鈴に夏が到来したようだ。
「海ですか。いいですねー」
「お盆休みに二人で行く?どこか空いてるところを探しましょう」
「あ、だったらいいスポット知ってますよ!」
話は順調に弾んだ。二ヶ月も後の話だが、二人きりのデートが一つ確定した。
確定する頃にはご飯も食べ終わり、二人は会社に戻ることにした。
そして、会社に着き、二人が別れようとしたときだ。美鈴が咲夜を引き止めた。
「どうかしたの?」
「あーはい。この前いいお店を見つけたんですよ。次の休み……明後日に晩御飯をそこで食べませんか?」
「ふーん……用事はなかったわ。たしか」
咲夜は、いいわ、と了承の意を表した。
「じゃあ、明後日に美鈴の家に行くわ。それでいいかしら?」
「はい。それでお願いします」
「わかったわ」
咲夜はそれだけ言って踵を返した。それから、後ろの美鈴にひらひらと手を振る。
そして、咲夜はそのまま何も言わずにビルの中に入っていった。
残された美鈴は閉まるドアを見ながら小さくガッツポーズ。
「………明後日。勝負は明後日だ」

               *

そして、あっという間に二日が経った。
「結構きれいなお店じゃない」
「そうでしょう?つい先日できたばかりなんですよ」
咲夜が辺りをさっと眺める。洋風の店内だ。
客の姿もちらほらある。おいしい匂いがあたりに立ち込め鼻孔をくすぐる。
いい感じに空いたお腹にはちょうど良い塩梅である。
「いらっしゃいだぜ。ご両人」
「あれ。魔理沙……?」
咲夜と美鈴の目の前に現れたのは霧雨魔理沙。咲夜が通っていた高校の在学生で、咲夜と美鈴の知り合いである。
「またバイトなの?今何個バイトしてるのよ」
「んんー三つだな。今は新しい望遠鏡が欲しくてさ」
魔理沙は天文学部に所属している。だが、天文学部は魔理沙以外に部員がおらず、廃部寸前。そのために部費はほとんどない。だから、必要な物は魔理沙自身がバイトをして購入している。
さらに言えば、魔理沙は家を追い出されている。魔理沙の実家は道具屋を営んでいるのだが、魔理沙と父親の仲が悪く、今の高校が寮に入れるということもあって、高校に入る際に家を追い出されたのだ。
だから、このバイトは自分の生活費を稼いでいるのでもある。
「ってか、この前私が働いている別の店にお前ら来たんだぜ?」
「え……そうなの?」
「海に行くんだろ?お前ら」
魔理沙はにやにやしていた。そして、美鈴も咲夜もそれだけで魔理沙がどこに勤めているのか把握してしまった。
一昨日昼食を食べに行ったあの店に魔理沙もいたのだ。
「あははは、他のみんなには言わないでよ……?」
「それは保証しかねないぜ」
「ちょ……魔理沙!」
「そんなことより、席に案内するぜ」
魔理沙は、怒られるのからさっさと逃げるように、近くの空いている席へ、咲夜と美鈴を誘った。


「はぁー……おいしかったですね!」
「そうね。さて、デザートね」
メインディッシュの鶏のワイン煮込みを食べ終わった咲夜と美鈴は笑みを浮かべながらそう会話した。
ここの料理はコース料理だった。二人の目の前にデザートが運ばれてくる。
デザートはゆずのジェラートだった。少し暑くなってきた今の時期にはもってこいなデザートである。
「……あれ、雨降り始めてきましたね」
美鈴が窓を見ると、雨がぽつりぽつりと窓を打ち付けていた。今は六月なのだ。まだまだ梅雨である。
「帰りの傘どうしようね」
二人は折りたたみ傘も普通の傘も持ってきていなかった。少しうかつだったかもしれない。
「まぁ、それは帰るときに考えましょう。それより……それよりですね、咲夜さん」
「ん、なに?どうかしたの?」
「はい。あの、ですね」
美鈴は横にあった自分のカバンの中に手を突っ込む。そしてごそごそと漁って、何かを取り出した。
「これ、受け取ってください」
それは小さな箱だった。青い色の箱。箱を開けると、その中には指輪が入っていた。
「ベタなんですけど、給料三ヶ月分です」
「え、え……?」
「咲夜さん。結婚しましょう」
咲夜はとっさにその言葉の意味が理解できなくて、美鈴が何が言いたいのかわからなくて、時が止まる。
そして、それを理解するころには咲夜の頬は紅に染まっていた。
「え、でも、だから私たち同性だから……」
「もう付き合ってるんです。関係ないじゃないですか」
「え、と……あーうー……ちょっと、今は無理!」
咲夜は混乱のあまり逃げ出した。言葉のままに、逃げ出した。席を立って、そのまま店の扉へ走って行った。
「え、ちょっ!咲夜さん!?」
それを見て美鈴も焦って席を立ちあがる。すぐに追いかけようと考えるのだが、それでは食べたものの料金を払うことができない。
「あれ、中国。咲夜はどうした?」
呼びかけられて、顔を上げる。そこにいたのは魔理沙だった。美鈴は、とっさにこの状況の解決方法を導き出す。
「魔理沙……ごめん、この代金魔理沙につけといてっ!」
「え!?中国っ?」
美鈴は懸念してた事項が解消されて、もう何も考えずに咲夜を追いかけた。


「ハァッハァ……っ―――」
「咲夜さん!待って……待ってください!」
すごい勢いの雨は咲夜と美鈴の体を打ち付ける。だが二人は、服が濡れることを思考にいれていないようだ。
ただ前に全力で走り続けている。
そして、この追いかけっこは美鈴の勝利だった。美鈴は体を鍛えているから、咲夜に追いつくことが出来た。
美鈴は咲夜を逃がさないように腕を握り締める。しかし、咲夜は下を見て、美鈴を見ようとしていない。
美鈴は、そんな咲夜の反応にとても胸が苦しくなった。しかし、ここで泣いてもなんにもならない。
だから、泣かないように目に力を込めた。
「どうして……逃げるんですか。結婚がそんなに嫌でしたか?」
「………そうじゃ、ない」
「じゃあ、私が嫌いになりましたか?」
「―――っ、違うわよ!」
咲夜は声を張り上げた。いつも冷静な咲夜が声を張り上げるなんて、すごく珍しいことだ。
「美鈴を嫌いになんて、絶対ならない」
「……すいません。意地悪なこと言いました」
「ほんとよ」
美鈴と咲夜の間に少しばかりの沈黙が走る。
お互い、言うべきことがあった。そして、二人ともそれはわかっていた。
しかし、美鈴は口が開けなかった。だから、先に話しはじめたのは咲夜だった。
「結婚しよう、って言われたとき……とっても嬉しかった。でも、ね、美鈴」
「なんですか?」
「同時に凄く恥ずかしかったのよ。あんなに真っ直ぐあなたに見つめられて、プロポーズされて……」
咲夜はずっと俯いていた顔を上げて、美鈴の瞳を真っ直ぐに見つめる。否……見つめ返した。
咲夜の頬は、林檎のように赤かった。
「だから……混乱して逃げちゃった!」
「そ………その程度で逃げたんですかっ!?」
咲夜は首を縦に一度だけ振る。美鈴は力を込めていた顔を緩めて、ほほ笑む。
「……このままここにいると風邪引いちゃいますから、私の家までいきましょっか」
「そう、ね。そうしましょう」
「泊まっていきます?」
「……そうさせてもらうわ」


そうして、美鈴の家。
濡れていた服は洗濯籠の中にいれ、シャワーを浴び、風呂からあがった二人は、美鈴の持っている白いワンピースに袖を通していた。
普段、咲夜は寒色、美鈴は赤の服を好むのだが、このときは白を二人とも着ている。
なぜなら、これから二人が結婚式を行うからだ。誰もいない、二人だけの結婚式。
日本の法律上、本当には結婚できないから、ここで結婚式を挙げてしまおう。そうお風呂の中で話し合って決めていた。
ただの愛し合うための―――愛を誓うための儀式なら、二人でも構わない。そう結論付けたのだ。
「いやー咲夜さん、すっごく綺麗ですね」
「なによ?褒めてもなにも出ないわよ」
「えー……私への愛の言葉すらないんですか?」
咲夜は少しだけ沈黙した。愛の言葉、を真面目に美鈴に対して口にするのはなかなか恥ずかしいのではないか?と思った。
しかし、今から結婚式を挙げるのだから、もはやそれ以前の問題だろうか。
「愛してる、わよ。ちゃんと」
「嬉しいです」
「……というか美鈴。いつまで敬語なのよ?いつも言うけど、敬語取りなさい」
「いや、やっぱ私たちは上司と部下なんですから!」
「でも恋人同士……」
恋人同士なら問題ない、と咲夜は言おうとした。その前に美鈴は、というか、と言葉を続けた。
「敬語の方がなんかそそるかなーって」
「―――まったく……バカね、あなたは」
「よく言われます」
美鈴は少し顔を苦々しくしながらも笑みをこぼした。
咲夜はその美鈴の笑顔を見て安心した。こんな笑顔が出せる人なら心配なく『結婚』できるなぁ、って思って。
「美鈴。あなたは、病めるときも、健やかなるときも愛を持って、生涯支えあう事を誓いますか?」
「誓いますよ」
美鈴はなんの迷いもなく胸を張った。そして、咲夜さんは?と問うた。
「―――誓います」
咲夜は美鈴の顔にそっと近づき、触れるだけの軽いキスをする。
それから、美鈴は咲夜の左手を取り、その薬指に咲夜へプレゼントした指輪をはめた。
「……愛してるよ、咲夜」
美鈴が耳元で囁く。いつもと違う抑揚、口調。調子を狂わされた咲夜は少しだけ頬を染める。
美鈴はその頬に手をそえ、引き寄せる。お互いの唇がふれあう。
美鈴の舌が咲夜の口内へ侵入する。咲夜は美鈴の舌を受け入れ、自分のそれに絡める。唾液がお互いの口の端からこぼれることさえ厭わないほどの深いキスだった。
そして、これこそが二人の愛の証。
こうして、美鈴のプロポーズは円満解決、という形で全て終わりを告げた。
六月の花嫁。二人の花嫁はこうして結ばれたのだった。



あとがき
遅ればせながらのジューンブライドネタでした。
もうすでに七月ですよ。七月七日。七夕。七夕ネタの小説あげようという話ですよ。ほんとう。
最後のべろちゅーが恥ずかしすぎて書くことがありません。
とりあえず、私はディープなキスを小説で書いたのはこれが初めてです。
初めてすぎてもう恥ずかしかったです。なにあれ、恥ずかしい!
というか、もうキスしてすぐに終わらせましたけど、私あのまま書きすすめたらエロイことしかしません。
エロはだめなんですよ!このサイト。


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