私はレミリア・スカーレット。スカーレット家の現当主にして、紅魔館の主。そして、最強種である吸血鬼の一人。
紅い悪魔。スカーレットデビル。永遠に幼い紅き月。その全てが私を指し示し、私の強さや私への恐怖の表れである。
私の屋敷にはたくさんなメイドたちがいる。その中でも、瀟洒なメイド長は私のお気に入り。
私が一声その名を呼べば―――

「咲夜」
「……お呼びでしょうか、お嬢様」

音もなく現れる。人間だが、私の屋敷のメイド長。時を操る稀有な能力を持った、私のメイド。
十六夜咲夜。その名は、彼女を拾った時に私が名付けた名前。私が彼女を手に入れた証。
彼女は、さっき言った通り、私のお気に入りだ。
いいや。正確に言えばお気に入り、ではない。
私のこの気持ちは、従者によせる信頼の類ではない。だからといって家族に向けるようなものでもない。
ただ、純粋に、私は咲夜が好きだった。
これが恋なのか愛なのか、そう問われたら首を傾げるが、それでも私は咲夜が好きなんだと思う。
それでも、この気持ちを咲夜自身に伝えようとは思わない……いや、思えない。
私は主人で咲夜は従者。
私は妖怪で咲夜は人間。
人間はあまりにも脆く、弱い。妖怪ほど長くは生きられない。
だが、それなら咲夜を人間以外にしようと思ったことがある。咲夜を妖怪にしてやろうかと思って、咲夜を私の眷属にしようと思って……咲夜に断られた。

「私は、人間でなきゃいけないんです」

咲夜がそれだけ言って、その話は終わった。
なんというか、あっけない終わり方だったとも思う。だけど、そこまではっきりと言われたら私としてはもうなにも言えない。
さらにいえば、再びその話題を咲夜に持ち出すこともしていない。
咲夜が、その話を聞いた時に、一瞬だけ寂しそうな顔をしたから。いつも無表情か、笑うか、呆れるか、の三択の表情ばかりなので、この時ばかりは驚いた。
ともあれ、咲夜を妖怪にすることは失敗してしまったわけだ。つまり、咲夜の有限は私の有限より短い。それは人間の運命だ。

「………お嬢様?どうなされましたか?」
「へ、あ、あぁ……」

咲夜に声をかけられて、思考の闇から抜け出る。そういえば、呼んでいたのを忘れていた。

「咲夜、紅茶を入れて」
「かしこまりました」

咲夜が一礼すると、目の前の机に空のティーカップが現れる。そして、咲夜の手にはポット。
咲夜が丁寧にカップに紅茶を注ぐ。
普段から水まわりの仕事をしていると水で手が切れると本に書いてあった。
しかし、ポットを掴む咲夜の手は、綺麗なものだった。柔らかそうなその手から、いい匂いが漂ってくる。
私は手から顔に視線をずらしてみる。咲夜の顔はすっとしていて、年の割に大人びた顔をしている。
紅茶をいれるその姿は、メイドとしての在り方では最高級を誇っているだろう。
もはや、綺麗としか言い表せないほどに咲夜のその姿は綺麗だった。
すぐに紅茶を入れ終えた咲夜は、私の視線に気づいて微笑みながら首をかしげてくる。

「ん……どうかなさいましたか?」
「……なんでもないわ」
「そうですか……」

咲夜はそれだけ言って、私の前に注いだ紅茶をそっと差し出してくる。
それを飲んでみると、いつもと味や匂いが違った。いつものよりどちらかと言えば甘い。

「咲夜……これ……」
「新しい紅茶です。里にあったので、買ってみました」

アップルティーだそうです、と付け足した。
アップルティー……か……まぁ、たまには悪くないわね。
熱いそれを冷ましながら、私は飲み続ける。一杯飲み終わってから、私は椅子の背もたれに寄り掛かる。
咲夜がカップに紅茶を注ぐのを見ながら思うのは、未来のこと。未来をかいま見ることができる私が悩んでしまうこと。
―――咲夜は、私を置いてさっさと死んでしまうのか。
それだけが頭をよぎる。咲夜が死んだらどうなるのか、私にすらわからないから。
……今のうちに咲夜との思い出でも作っておこう……
私の気持ちは伝えられないから、せめて満足できるように思い出だけは増やしておこう。

「ねぇ、咲夜」
「はい、なんですか?」
「今度――――」


       *


私は十六夜咲夜。紅魔館のメイド長。
人間という種族に属するが、奇異な髪と目の色と時を操る能力を持っていたために迫害された。
そこをお嬢様に保護され、十六夜咲夜という新たな名前をもらって、今を生きている。
私は瀟洒で完璧なメイド。だから、仕事は全て完璧に仕上げる。メイド妖精はあまり役に立たないから、私が紅魔館の掃除やお嬢様や妹様の料理を行う。
普通ならば全てを一日で済ますことは不可能。しかし、私の能力があれば不可能すら可能になる。
だが、可能にできる理由は、私に能力があるからだけではないのだと思っている。
私の最大の強みは、人間であること。
人間の命は短い。だからこそ、人間はその一日に自分の力を全て込めれる。短い一生の中で、力強く輝く。
これは、妖怪には出来ないことだから、私は人間でなくてはいけない。
お嬢様に妖怪にならないかと誘われても、いくらそれに応じたくても、私はそれを是とすることはできない。
私は人間でなくてはならないから。
そして、人間であり、従者である私は、お嬢様に自らの気持ちを晒すことはできない。
気持ちを晒しても、受け入れられはしないし、受け入れられても、お嬢様の受ける悲しみを増やしてしまうだけなのだ。
私がお嬢様様を慕い、想い―――愛する気持ちは……従者を越えて、持ってしまった気持ちは……いけないものだったのだ。
だから、私は瀟洒なメイドであり続ける。お嬢様の従者として働き続けられればもう満足なのだから。

『咲夜』

―――あぁ、お嬢様が呼んでいる。
声がするのは、上の階にあるお嬢様の部屋。私の能力により、離れた部屋からでもお嬢様の私を呼ぶ声は聞こえてくる。
私は能力を使う。辺りの動きも、音も、空気も止まる。そこにあるのは灰色の世界。私の世界。
灰色の廊下を歩き、灰色の階段を昇る。お嬢様の部屋にたどり着き、部屋を開ける。
そこにいたのは我が主。椅子に腰掛け、私の名を呟いた人。
私は能力を解除する。世界に色と音と時間が戻ってくる。

「お呼びでしょうか、お嬢様」

私はうやうやしく礼をする。しかし、反応はない。私は首を傾げ、再びお嬢様に話し掛ける。

「………お嬢様?どうなされましたか?」
「へ、あ、あぁ……」

お嬢様は、一瞬、驚いたように私の顔を見る。どうやら物思いに耽っていたようだ。

「咲夜、紅茶を入れて」
「かしこまりました」

お嬢様のご期待にそえるため、私は再びを時を止める。そして、厨房へ向かい、取ってくるのは新しい紅茶、アップルティーだ。里で売っており、珍しいので購入した。
お嬢様の部屋に戻り、テーブルにカップを置き、紅茶を用意する。時間を進め、最もおいしい時刻にしてから、全ての能力を解除する。
カップに紅茶を注ぐときでも、瀟洒で完璧でありつづける。お嬢様が紅茶を飲んでいる間も、後ろに控え、お嬢様の行動に即座に答えられるようにする。
いつでも、メイドとしての在り方を忘れない。
―――そうしなければ、私がメイドということを忘れそうだから………






「ねぇ、咲夜」

お嬢様に声をかけられたのは、二杯目の紅茶を注いでるときだった。ちょうどよく紅茶を注ぎ終わった私はカップからお嬢様の紅い目に目線をずらす。
お嬢様の目は見た目相応に澄んでいて、たまにみせる年齢相応のカリスマとはちがった。
――またお嬢様のわがままかな。

「はい、なんですか?」
「今度、パーティーでも開きましょうか。みんなを呼んで、舞踏会」

舞踏会……霊夢や魔理沙にはあわないかもしれない……が、なんとかなるかな。
というか、お嬢様の命令に関して、私は一切の拒否権を持ってない――進言はできるので、考えを少々改めてもらうことは可能だが――ので、私は礼をする。

「お嬢様の仰せのままに」

大仕事の始まりだ。私は時を止め、あとで文屋に頼んで開催を知らせてもらわなければ、と思いながら厨房へ向かった。


             *


「というわけで、パーティーの開催をここに宣言するわ!」

紅魔館の大広間。私は壇上で辺りを見渡しながらそう叫んだのはすでに二時間ほど前のことだ。
もはやただの立食パーティーになっているが、端では騒霊たちによる円舞曲が流れていた。
一部のものたちは酒を飲み、つまみを食べる。また、一部のものたちは踊るかどうかを近くにいるものたちと考えている。
そして……残りの一握りは踊り始めていた。里の守護者と炎の不死人や最近出来た船寺の船長と尼、他にも式の狐とその式の猫、山の神二柱などがその筆頭である。

「もがもが……へぇ、普通の宴会じゃないんだな、アリス」
「食べながら喋らないの……一番最初にレミリアが言ってたけど……舞踏会らしいわね。ほら、あっちで踊ってるじゃない」
「あぁ……ほんとね……って早苗、あれあんたんとこの神様たちじゃない?」
「え……ほんとですか、霊夢さん。神奈子様と諏訪子様が?」

すぐ近くにいる魔理沙たちの会話が聞こえてきた。用意したワインを飲みながら、咲夜の料理を食べているようだ。
……いい調子ね。このまま盛り上がれば十分ね。
私は壇上にある椅子に座って、辺りを見回してみた。ここからなら会場が一望できる。
しかし、私が探したかった銀色は見つからない。似た色が見つかっても、私の探したかった相手ではない。
――咲夜は……?
私はさっきよりも必死になって辺りを見渡す。
厨房にいるとか?いや、もうすでに咲夜は料理を妖精に任せたのではなかったか、実際、少し前には私の隣にいたのだ。
そして、遠くにある大広間の入口をみやったとき、ようやく咲夜を発見することができた。
この遠さだと、人間や普通の妖怪ではよく見えないだろう。しかし、私は吸血鬼だから、そのかぎりではないのだ。
そして、私はその自分の性能の良さを少しだけ悔いた。
―――見なければ、よかった。
咲夜は、美鈴と一緒にいた。咲夜の片手にはお盆があって、その上にはワインが載せられている。
咲夜は楽しそうで、私の前では見せない表示で笑っていた。
美鈴の言葉に口元を軽く押さえて笑う咲夜が、綺麗で……綺麗だからこそ、そんな表情を引き出した美鈴が羨ましくて……そして、悔しかった。悲しかった。
胸元がぎゅってして、辛い気持ちでいっぱいになる。
――あぁ……もう……なんなのよ、いったい。
叫びたくなった。だけれでも、こんな場で、叫べるはずはない。
今のここは舞踏会。主催者自身がそれを崩すなんて、この私にはあってはならない。
だけど、そう思いながらもいらいらは募っていくばかりだ。
突然、口の中に鉄の臭いが充満した。私のよく味わう血の味。
口元を拭ってみると手には血がついていた。下唇から血が流れ出している。
どうやら、私は下唇を噛んでいたようだ。その結果、私の牙は皮を貫いた。
その行為が悔しさや妬みから来たものなのだと思うと、さらにいらいらしてきた。

「ちっ……」

軽く舌打ちをする。私のいらいらを象徴するような行為。
私は自分を落ち着かせるために、軽く額を抑えた。手は冷たかった。だが、額は暑い。
私はふーっと息をはいた。

「どうかなされましたか?お嬢様」
「え、あ………咲夜」

突然話し掛けられて、私は体がピクッと動いた。私は声のした後方に振り向く。後ろにいたのは、咲夜だった。

「………どうしてここに?美鈴と話してたんじゃないの?」

咲夜は目を丸くした。見ていたのか、と思ったようだ。

「あ……いえ、ちょっとお嬢様の機嫌が悪いように感じたので……」
「あら、そう」
「勘違い、だったでしょうか?」

全然勘違いなんかじゃなくて、むしろよく私が機嫌が悪いことを察したものだと思った。さすが、私のメイドだ。
しかし、それを素直に認めるのは、私にとってしゃくだった。

「……勘違いよ」
「あー……そうですか」

咲夜は、勘違いではないな、と確信したようだった。ほんの少しだけ微笑んでいる。
私は、なにかを言われる前に話を変えようと思った。なんとなく、かっこわるい気がしたからだ。

「それより咲夜。今日のこれはなんのパーティーだったかしら?」
「え……?えっと、舞踏会です」
「そうね、舞踏会ね」

咲夜は私の言葉の意味がいまいちよくわかっていないようだった。首を傾げ、顎に手を添え、典型的な考える人となっている。
いつもは完璧で瀟洒な私のメイドは変なところで抜けているのだ。

「なによ、主人に言わせる気?」
「えっと……何を、ですか?」
「まったく、こんなこともわからないの?」

なんだか、いつもと違って少し慌てている咲夜を見ていると、私は楽しくなってしまう。
私は歯が見えるほど口角をつり上げ、手を咲夜の前に差し出した。

「私を、ダンスには誘ってくれないのかしら?」
「あ、あぁ……そういうことですか」

咲夜は、歯切れの悪い返事とともに、手を見ていた目線を少し横にずらした。どうやら、迷っているようだ。
断られるのかも、と私は少しだけ心配になった。
元々、この舞踏会は咲夜と思い出を作るために――咲夜と踊るためにやることを決めたものだった。
咲夜にはそんなこと一言も伝えていない。なぜかといえば、わざわざ話すのが恥ずかしかったから、というものがある。
しかしながら、それだけではない。
咲夜なら、私と踊ることくらい躊躇しないのではないか、と思っていたからだ。
なんせ、咲夜は私に意見できるほどの地位を持っている。
というか、たまに私を主人だと思ってないんじゃないかというほどの発言すらする。
そんな咲夜なら私を誘ってもなんら可笑しくはない。
しかし、実際はそうではなかったのだろうか?咲夜は私を踊りに誘ってくれないのか……
果たして、その心配は杞憂だった。咲夜は私の手を取った。

「すみませんがお嬢様、私と一曲踊ってくださいませんか?」
「もちろんよ」

そして、咲夜にエスコートされて私は広間へと下りる。
すると、流れていた曲が変わる。どうやら、丁度曲の変わり目だったようだ。曲はゆったりしていて、優雅なものだった。
私は咲夜の顔を見る。すると、咲夜はこくんと頷いた。
そして、私達は曲に合わせてステップを踏む。
さすがは私のメイドというべきか、あまりこのような社交ダンスをしたことがないはずの咲夜だが、それを感じさせないほど上手だ。
咲夜は背が高い。背が高いと男性的になりやすいが、咲夜には違う。咲夜は女性としての美しさがあった。
私とは20……もしかしたら30cmくらい違うかもしれない。すると、咲夜がいくら綺麗でも、背の小さい私が相手だから、なんだかおままごとのようになってしまう。
私はヒールを履いてるが、それはなんの解決になっていない。
だから、こういうときだけは私の成長しない体が疎ましくなる。咲夜と釣り合えない。それを考えると、悲しくなる。
もしも私か咲夜が男で、種族が同じだったなら、こんなに苦しまなくてすんだのだろうか……いや、それだったら、私は咲夜に恋をしなかったかもしれない。
そう考えるとなんだか変な気分になる。つまり、この関係は私にはどうしようもできない運命なのだから。
運命を見れる私にも操れない運命。それが、私と咲夜を引き合わせたのだ。
いや、咲夜と出会う運命を私は確かに見た。
それでも、それは使い勝手のよいメイドが見つかるから。今のような想いを私が抱くなんて、想像してなかったし、わからなかった。
私はなんだか胸がぎゅっとして、無言でいられなくなって、咲夜に話し掛けようと口を開いた。しかし、口は開いたが、言葉を吐き出せなかった。
曲の調子が、いきなり変わったのだ。
今までがゆったりとした曲なら、今流れているは激しい曲。テンポが早い。早過ぎる。こんな曲が、社交ダンスに向いているはずがない。
周りで踊っているやつらも慌てている。
私はそんな踊りにも意地で合わせながら、なにか問題があったのかと、演奏している騒霊たちをみやる。すると、なにやら揉めているように感じた。
騒霊たちの怒りに合わせ、勝手に動いている楽器たちも演奏していた。その結果、曲までもが激しくなってしまった。
頭がかーっとなった。せっかく、咲夜と踊れているのに、こんなことで台なしにされてしまうのか。
私は咲夜の手をぎゅっとにぎりしめ、目だけで騒霊たちを睨んだ。本気で一撃をぶち込んでやろうか………
がしっ。ぐい
何かを踏んだ感触がして、私は足元に目を向ける。
私が踏んでいたのは咲夜の足だった。私はすぐに自分の足を咲夜の足から退かす。
踏んだのは、丁度ヒールの踵の部分。最も力の入りやすい箇所だ。

「あっ……ご、ごめん咲夜!」
「……いえ、大丈夫ですよ」

咲夜は柔らかい笑みだった。痛くないのか、大丈夫なのか、と聞くが、咲夜はどちらにも大丈夫と答える。

「それよりも、あちらはもう終わったようですよ?」

咲夜が騒霊たちの方をくいっと顎で示す。少し行儀は悪いが、私と手を握っているから仕方ない。
私もそっちを見ると、一人が謝っている状態だった。すでに喧嘩は終わっていた。
そして、それと同時に段々と音楽のテンポが遅くなっていた。音楽は少ししてからテンポを元に戻した。

「まったく……お騒がせな騒霊ね。私のパーティーが失敗するところだったわ」
「お嬢様、騒霊なのですから騒ぐのは当たり前ですよ?」
「そういう意味じゃないわよ……」





私たちは、このあと踊りに集中した。もう足を踏むようなこともなかった。
そして、もう一曲踊ってからこの甘美な時間が終わった。
そのあとはというと、色々あったものだ。
踊っていた輝夜と妹紅が喧嘩をしだして大変なことになった。幽々子が食べ過ぎて料理が尽きかけた。
文屋が根掘り葉掘り色々なことを聞いてきた。
映姫がパーティーの中央の盛り上がっているところで説教始めた。
……あと、新しく出来た寺の誰かが痴話喧嘩をしたらしいし、とにかく大変だった。
正直、パーティーが失敗に終わるかと思った。
――だけれども、パーティーは無事に終わった。
なぜなら、この幻想郷にいる人妖がみな一癖も二癖もあるようなやつらばかりだからだ。一癖も二癖もあるやつらだから騒動が起こった。
だが、そんなやつらだが……いや、そんなやつらだからこそ、全ての騒動は収まって、無事にパーティーを終了できたのだと、私は思ってる。
そして、私はそんなパーティーの余韻を残したまま、部屋に入った。部屋に入って、ベッドに向かう。
私はベッドに上半身を腕を左右に広げてあおむけの状態倒れ込む。すると、ベッドの天蓋が見えるから、右腕を伸ばしてみるが、届くはずもなく、力が抜けて再び横に落ちる。
ふ、と息を吐くと、パーティーの余韻がすっと消えて、疲れが体の底からどっと襲ってくる。
そして、それと同時に体に残っていた熱が消えていく。体の先が冷えていって、頭が冴えてくる。酔いも少しずつ醒めてくる。
私はベッドの外に投げ出していた足を回収し、ベッドの上に丸まった。
そして、そこで思うのは咲夜と踊ったこと。
たしかに踊ったときの記憶はあって、手と腰には咲夜と触れていた時の熱が今だに残っていて、それが踊ったことを証明している。
だが、なにかが胸の中にすっぽりと抜けている感じがする。咲夜と踊っていた時や、パーティーをしていた時には感じなかった穴。
多分、淋しさ、なんだと思う。一人になった淋しさ。そして、咲夜との時間が終わってしまった淋しさ。
私は咲夜が好きだから、ずっと一緒にいたいけど、咲夜には仕事があって、さすがにずっと私の元にだけいさせるわけにもいかない。
巫女の所に行くときには私について来るし、私が屋敷内で呼べば咲夜は出てくる。昔は咲夜がいるだけでよかったから、それが嬉しかった。
だけれど、だけれども……私の心はもはやそれだけでは物足りなくなっていた。
咲夜が欲しい。咲夜を私だけのものにしたい。私の本能がそう叫んでいた。
理性ではそれがいけないことだとわかっていた。だから押さえ付けた。
しかし、いつ理性が負けるかもわからない。
……押さえ付けなければいけないということがこれほど辛いとは思ってなかった。
私は、掛け布団をぎゅっと握りしめた。

「さく……やぁっ……」

そして、咲夜に聞こえないよう、息を殺して咲夜の名を呼んだ。


        *


「あれ、咲夜さん。まだお仕事ですか?」
「あら、美鈴」

私が美鈴に呼び止められたのは舞踏会が始まってから二時間ほどたった頃だった。
周りがお酒を飲み、踊りを踊る中、私は忙しく立ち回っていた。
今だって、片手にお盆を持っている。その上にはワインもある。

「えぇそうよ。さすがに妖精たちだけに任せておくわけにはいかないもの」
「そうなんですか。でも……少しは休むべきですよ?」

美鈴が私を心配してくれてることはすごくわかった。だって、美鈴の顔には心配感が滲み出てる。
たしかに、そろそろ体もきつくなってはいる。いい具合で切り上げることも視野に入れるべきかとも思った。

「まぁ、そうね。気をつけるわ。でも美鈴。あなたも今日は門番の仕事がまだ残ってるでしょ?戻りなさいよ」
「えー……」

美鈴の嫌そうな顔を見て、私はため息をつく。

「えーじゃなくて」
「だって幻想郷中の強者が集まってるんですよ?誰も襲ってきたりはしませんよ」
「それでもよ。今は白黒鼠はパーティーに参加してるけど、もしも他の鼠が忍び込もうとしてたらどうするのよ」
「……たしか寺の鼠もパーティーに……」
「そういう意味じゃないわよ」

私が美鈴の言葉を遮ると、美鈴が不機嫌そうにむー、と唸る。しかしながら、私の言葉もきちんとわかったようで、美鈴は不機嫌さを露骨に出しながらも、頷いた。

「……仕方ありませんね。でも、せっかくの舞踏会で私は踊らずに退散とは……」

美鈴は口元に手を当て、少し俯く。何かを考えているようだった。
私はなんなのかと思って首を少しだけ傾ける。
そして、少しだけそうしていたあと、美鈴が何かを思い付いたようでにこにこしながら顔を上げた。

「そうだ、咲夜さん。せっかくの舞踏会なんですから、私と一曲踊りませんか?」
「……あなたと私が?」
「はい。咲夜さんならダンスも完璧ですよね?」

美鈴が目を細めてにこにこしながら尋ねてくる。
なので、私は首をこくん、と縦に軽く振った。

「まぁ、そうだけど……」
「どうですか?一曲だけでいいですから」

美鈴が手を差し出してくる。大きくて、温かそうな美鈴の手。その手を握るのはすごく気持ち良さそうだけれど……私は首を今度は横に振った。

「残念だけど、その誘いは断らせてもらうわ」
「………あー……そうですか……」

美鈴が気まずそうに頬を掻く。美鈴の目は泳いでいた。

「一応、理由を聞いてもいいですか?」
「……今回のはお嬢様が開いたものなのだから、どうせならお嬢様と最初に踊りたいのよ。それも一番盛り上がっている時に」
「なるほど。咲夜さんは本当にお嬢様が好きですね」

どきん、とする。たしかに私はお嬢様が好きだ。従者という枠を越えてしまいそうになるくらいに。
だけれど、私は従者であり続けなければならないし、それ以上になってはいけないのだ。
だから、私は私の気持ちを悟られないために、動揺をきっちり隠して軽く口元を押さえて、微笑んだ。

「当然よ。メイドとして主人が一番なのだから。むしろ、主人が一番大事じゃないメイドがいる?」
「あはは、そうですかー」
「そう……よ」

私はちらっ、とお嬢様の方を見てみる。
ここは、お嬢様のいる壇上からはとても遠くて、お嬢様の顔は見えない。
けれども―――お嬢様が機嫌が悪い気がした。
なぜわかるのか、は私にもわからない。
強いていうなら、お嬢様だから、だ。私がお嬢様のメイドであり、お嬢様を……愛して、いるからだ。

「ごめん、美鈴。これ、そこに置いといてくれないかしら」

私は近くのテーブルを指差しながら、お盆を美鈴に渡す。
美鈴は私の言葉を受けて、何事かと思って首を傾げた。

「咲夜さん?どうかしました?」
「いえ……ちょっと、お嬢様の所に行ってくるわ」
「そうですか、どうしました?」
「お嬢様の機嫌が悪そうなのよ。どうしたのかしら……」
「なるほど。そうですか」
「ええ……それじゃぁ、いくわ」

私は時を止めるために懐中時計を取り出す。

「あぁそうそう、ちゃんと門番の仕事に戻りなさいよ?」

そして、それだけ美鈴に言ってから、私は時を止め、お嬢様の所へ向かう。
――時を止めて行くのだから、お盆、別に自分で片付けてもよかったわね。
頭が少し、回っていなかったようだ。





美鈴との話ではまだまだ踊らない、という話をしていた。だが結局、私は早くお嬢様と踊ることとなった。
お嬢様に誘われたから。そして私はその手を取ったから――私はもう少し後に踊るつもりだったから少し躊躇したけれども――だ。
私にとって、それは誤算だったけれど―――とても嬉しかった。
お嬢様が私と踊るのを望んでくれていたということだから。
私たちは、踊った。音に合わせて、ホールの中を優雅に舞った。
途中までは、全く問題はなかった。
しかし、問題は起こった。
騒霊たちによる喧嘩、だった。
騒霊たちの操る楽器は、騒霊たちの感情に左右された。だからこそ鬱や躁の音を出しているともいえる。
だからこそ、怒りによって動かされた楽器はテンポをそれまでと異なるものとし、速さが跳ね上がった。
音楽に合わせて踊っていた私達に、その急激な変化は辛辣だった。
私は時を止めて、騒霊たちの元へ行くことも考えた。しかし、お嬢様の手が私の手を痛いくらいに握りしめたため、それは敵わなかった。
お嬢様は怒っていた。騒霊たちを睨みつけ、殺気があたりを漂う。
――このままだと、お嬢様は攻撃を放つ。
それを理解した私は、お嬢様が踊るのに合わせて、お嬢様の足が置かれる場所に、わざと私の足を出した。
それは、とっさの行動だった。
私の足が痛みに襲われる。お嬢様がいくら軽いとはいえ、ヒールである。それ相応の痛みが私を貫く。
弾幕での被弾時や、ナイフでの傷ときとは、また違う種類の痛み。
私は痛みに堪えられなくて、時を止める。ただし、お嬢様の足が私の足から離れた直後に、だ。
私の足が自由になり、踏まれた部分がじくじくと痛む。
私は痛みに顔が歪む。
息を吐いて、痛みを忘れる。忘れて、笑顔を作る。なるべく柔らかい笑みにする。嘘の笑顔でも、見苦しくないものにする。
大丈夫……問題は、すでにない。
私は再び時を動かす

「―――ご、ごめん咲夜!」
「……いえ、大丈夫ですよ」
「ほんとに?痛くない?」
「大丈夫です」
「大丈夫なのね?」
「はい。大丈夫です」
「なら……いいけど……」

お嬢様は、訝しみながらも、私の無事にほっとする。
私はそれが嬉しくて、さっきまでのじくじくした痛みがなくなる。
――お嬢様がいれば、私は大丈夫。
私の嘘の笑顔は、本物になっていた。
そして、私の耳が捕らえたのは、流れる曲の速さの緩和。騒霊の方を見ると、すでに騒動は終わったようだ。
私は、そのことをお嬢様に伝えた。
音楽はすぐに元の様相に戻り、私たちは、再び踊りはじめる。
すでに、曲は終盤へときていた。
やはり、一時的なスピードアップにより、曲の時間が短くなったのだ。
これだと、もうすぐにお嬢様との時間が終わる。
――もう少し、この時間を堪能してもいいわよね。今のはトラブルがあったし……
私はもう一曲踊ることをお嬢様に提案しながらそんな言い訳を心の中で呟いた。






私は来ていた客人達のお見送りのために紅魔館の玄関先まで出てきていた。そして、客人達はつい先程全員が帰路についたところだった。
パーティーは、終了したのだ。無事に、とはいえないけれども、失敗はしていない。
私は疲れていた。パーティーの準備に奔走していたからだろう。
しかしながら、私の仕事は終わっていない。本当は、今すぐにパーティーの片付けに取り掛からないといけない。
だけれど……少しだけ妖精に片付けを任せてしまおう、と思いながらすぐ近くの壁に寄り掛かる。
肺の中の疲れた空気をゆっくり吐き出して、新鮮な空気をゆっくり吸う。
それをしばらく繰り返した後、私は空を見上げてみる。
紅魔館は、お嬢様が日光が苦手なために窓がほとんどない。そのため、私が空を見たのは久しぶりだった。
いや、正確に言えば外には出てきている。洗濯物を干すときとか、美鈴が起きてるか確認してるときとか。
しかし、そのときは大体、空なんか目に入らない。私は忙しかったりするから、ゆっくりと空を見る時間がない、というわけだ。
久しぶりに見た空に輝いていたのは満月だった。
それは、完璧な月。そして……お嬢様の月。
私は月を見て、なにかに惹かれたかのように、手を伸ばしてみる。手を伸ばして、月をにぎりしめようとする。
しかし、にぎりしめようとした手は虚しく空を切る。
私は手を伸ばしてるのが疲れたからか、月に手を伸ばすのがバカらしくなったのか……手を下ろす。
そして、その手をぐっとにぎりしめる。
――あれがお嬢様の月なら、私にはあの月には一生届かない。
私は見上げているのすら辛くなって、下を見る。そして、握りしめた手を顔の前に持ってくる。
まるで誰かに祈るような姿。
しかし、神には祈らない。私は悪魔の犬だから。
眉間に力が篭る。胸がぎゅっとなって辛くて堪らない。
私は我慢できなくて、ぼそっと呟く

「お嬢様………」

――その呟きがあなたにとどくことはありえないのに――

「好き、です」



あとがき
というわけで、某クーリエ様に投稿させていただきた小説です。
作成に一カ月以上かかりました。
シリアスを書いた経験がほとんどないため、「シリアス書きたい!」と思って書いた当作品なのですが……これってシリアスなんでしょうか。私には判断つきかねません。
まぁ、私個人的シリアスですが……シリアス時間かかりますね。
やっぱ私は甘いのが得意なようです。
レミリアと咲夜は、いい感じにすれ違いが作りやすかったです。
なんせ、主従に種族の違い、あとつけくわえるならば、同性同士ですし。こいつらは、かなりわがままになる以外はすれ違いが起こりそうです。
とはいえ、お嬢様とかわがままなんで、すぐに叶いそうですがね……

ところで、この小説がなぜ「アップルティー」なのかといいますと、「よし、この話はずっと入れ続けて渋くなっちゃった紅茶みたいな小説にしよう」と考えたためです(




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