橋の欄干に寄りかかって、地上へとつながる穴を見つめる。遠くに小さくある光が、外の天気を唯一教えてくれるものである。どうやら、今日は晴れのようだった。
その日も、その時まではいつもと変わらない日常だった。実際、いつもと変わらない普通の日になるはずだった。
だが、昼のことである。グラグラと、地面が揺れる感じがした。
久しぶりに起きた地震だった。地底であるここではそう珍しい現象ではない。だから、私は安心しきっていた。
でも、この地震――――
「いっ、家が……っ!」
私の不幸の始まりだったりした。
「ちょっと、さとり!いるんでしょ?」
ここは地霊殿。地底の管理者、古明地さとりの家。ここに、たった今来客があった。
とがった耳に質素な服。地底の橋姫、水橋パルスィだ。
「うにゅ、パルスィなにか用?」
「ここに来るなんて珍しいね」
来客に応じたのはこの家にいるペットの二人―――いや、二匹である空と燐だった。
「お空、お燐、さとりはどこかしら、急ぎの用事があるわ」
「どこだっけ。お燐、知ってる?」
「たぶん、今の時間ならこいし様とお風呂じゃないかな」
「妹と一緒に風呂って……まぁいいわ。じゃぁ、待たせてもらうわよ」
二人と別れる間際、お燐に談話室にさとりを呼ぶ、と言われ、パルスィは、談話室へ歩いていった。地霊殿に何度か来たときには毎回談話室でさとりと会っていたので、場所はきちんと把握している。そのため、パルスィが中で迷うことはなかった。
そして、20分後。さとりは談話室へ入ってきた。
ようやく来たか、と思って座っていた椅子から腰をあげたパルスィ。その眼に映ったのはたしかにさとりだった。ただし、バスローブ姿――――だった。
「ぶっ……!なんでバスローブ姿なのよ!!」
「あなたに急の用事があるとお燐とお空に言われて急いできただけですが?」
「せめて服を着てこい、服を!おかしいじゃない、それ」
「パルスィ、バスローブを脱がせたいと思うなら、そう言えば……」
「思ってない!さとりだからといって勝手に心をねつ造するな!あんたが言うと洒落にならないって!」
こんな調子でしばらく二人は言いあった―――否、さとりがパルスィで“遊んだ”後、さとりはようやく服を着て、真面目な顔になった。
さとりは、部屋にあった椅子に腰かける。それに合わせてパルスィも椅子に座った。二人は間にある机を挟んで向かい合う形になった。
「さてと、パルスィの話は理解してますが、一応口頭で言ってください」
「……さっき、地震があったのはわかってるわね?その地震の影響で、家が倒壊したわ」
そんなとてつもない事件をつげている割に、パルスィはいつもと変わらぬ声と顔だった。
「やはり、がたが来てたんですね。あれは、百年くらい前のモノでしたよね?」
パルスィは頷いた。
「でも、そんなに長い間住んでた割には動揺してないですね―――ふむ、わかりきってましたか、寿命だと」
「最近みしみしいってたから。さすがにまずいと一昨日思って、最低限の荷物は橋の下に置いておいたわ」
家に置いてきた皿とかは壊れたでしょうけど、とパルスィはつけたす。
「なら、壊れる前に言いに来るべきでは?一昨日から気づいていたのでしょう?」
パルスィは、うっ、と声を詰まらせた。今までの冷静な顔とは違う、図星をつかれた顔だった。
「いや、ね……明日―――」
「なるほど、明日勇儀が地上の宴会から帰ってきた時に旧都までついてきて、ついでに言おうと思ってたんですか」
「っ……読むな!」
パルスィは顔を真っ赤にしてさとりに弾幕を放った。しかし、それをさとりはいともたやすく避けてみせた。心のよめる彼女にはパルスィのはなった弾幕がどこにくるか、なんて手に取るようにわかる。
「ふむ、それなら仕方ないですね。とりあえず大工に頼んであなたの家は修理させるようにします」
その決定に、パルスィの真っ赤になった顔が喜びを浮かべた。
「ただし、その間に住むところ。あなたはここに泊まりたいようですが、それは……まぁ、今日一日ならいいですが、明日からは別のところに行ってください」
「はぁ!?なにそれ、なんでよ!」
喜びの顔はとっさに怒りと疑問の入り混じった顔になる。パルスィは目の前の机をたたいて、立ち上がった。
「あなたの家の修理代でお金がない。それだけです」
「う……っ……」
その言葉はパルスィにはとてつもない威力を持っていた。パルスィは気まずい、といった顔になる。
さとりは、そんなパルスィの表情変化を楽しんでいた。だが、そんなさとりはあまり表情変わっていなかった。
「わかったなら座ってください。話が続けられません」
さとりの言葉に応じ、わかったわよ、と呟いてパルスィは再び椅子に座る。それを確認したさとりは続きを話し始める。
「というわけで、今日は勘弁しますが、明日からは別のところを探してください」
「わ、わかったわよ。別のとこに行けばいいんでしょ、行けば」
「わかったならいいです」
パルスィは、どこに泊まれるかを考える。だが、とくにこれといって泊まれそうなところは思いつかない。
「あなたなら地霊殿以外に泊まれるとこがあるでしょ、ちゃんと」
「ん?どこよ、それ」
その言葉を聞いて、さとりはため息をつく。そして、まぁいいです、と答えた。
「では、今日のことですが、客室を使ってください。ご飯はペットたちに頼めば持ってきてもらえます。風呂も自由に使ってかまいません。場所?ペットに聞いてください。他に質問は?ないようですね」
「えぇ、ないわ」
「それでは、失礼させてもらいます。こいしのところに行くので、私に用があればこいしの部屋まで来てください」
そこまで矢継ぎ早にさとりは話した。そして、それでは、と言った後さとりは立ち上がって部屋から出ていった。
そんな中、残されたパルスィが思ったことは一つ。
「どんだけこいしに早く会いたかったのよ……」
そして翌日。一日を地霊殿で過ごしたパルスィは、自分の荷物を取りに、橋まで戻ってきていた。とりあえず、橋の下にあった荷物は橋の端に移動しておいた。
橋から見える家は当然ながら残骸のままである。
「今日から工事してくれるそうだし、早く終わってくれそうね」
ちなみに補足だが、さとりは昨日こいしと遊ぶ時間を泣く泣く減らして大工の鬼に頼んだらしい。
「さて……仕事しますか」
パルスィは橋に座り込んだ。元々、誰かが来ない限りは暇な仕事。少し休憩しててもばれはしないのだ。
パルスィはのんびりしながら、今日の夜から誰の所に止まるか考え込むのだった。
――――そして、二時間後
地上につながる穴から奇妙な声が聞こえてきた。それは、酔っ払いが歌っているようなそんな声だ。
「来たわね」
パルスィは立ち上がり、地上から来る者を見やる。現れたのは、真っ赤な角と金髪、大きな背丈を持っている、鬼の四天王、星熊勇儀。
「おやおや、パルスィ久しぶりだねぇ」
「久しぶりってほどでもないでしょ。最後に会ったのは一昨日よ」
「おや、そうだったか」
「まったくあんたは……」
パルスィは呆れて物も言えない様子だった。
「いいじゃないか、いいじゃないか。そんなことより、元気にしてたかい?」
「ぜんっぜん。あんたの笑顔が妬ましいわよ。昨日は大変だったのよ?」
「ふむ、どうしたんだい?」
「あれ見なさい」
パルスィは家の残骸を指差した。
「ん……ありゃあパルスィの家じゃないか?」
「そうよ。昨日地震あったでしょ?あれのせいで壊れたのよ」
「昨日の地震……?」
勇儀は、昨日のことについて思い出そうと、んーと唸って考え込んだ。
「あぁ、あの天人が私との戦闘で起こしたやつか!」
一瞬、空気が凍った。
「天人が起こした?へぇ、勇儀戦ってたんだぁ」
その空気はパルスィの怒りに触れ、凍っていたのだった。怒った理由はすぐわかるだろう。
それを感じ取った勇儀はあわてながら話を続けた。
「あ、いや、その……昨日宴会には天人がいてな、その天人は面白い技を使うと聞いて、私が興味を持ったんだ。そうしたら巫女は嫌がったが、白黒が面白がって私とその天人で戦ってみたらいいということになって―――で、私が追い詰めたら、天人が剣を使って地震を起こしたん、だ」
「ようするに、あんたも3割くらいは悪いってことよね」
「パルスィ……?さすがに怖いよ。いや、うん、勘弁っ!」
「問答無用!」
逃げ出そうとした勇儀だが、パルスィはスペルカードを取り出して宣言した。
――――――妬符「グリーンアイドモンスター」―――――
「当たりなさい!そして死になさい!」
「パルスィに殺されるのは本望だが、そうしたらパルスィに会えなくなるからね。ごめんだよ!」
「うるさいうるさい、だまれ!」
――――まったくもって、そんなことを言っていても笑っている勇儀と真っ赤な顔のパルスィじゃ、ただの痴話喧嘩にしか見えないよねぇ。なんであんなに相思相愛っぽいのに、あの二人は付き合ってないんだか……
その場を見ていた土蜘蛛は後にそう語った。
そして、少し後。スペルカード終了後。
「ぜぇっ……けっきょく……はぁ……当たんないし」
「大変だったが、私なら避けられないこともなかったからね」
「……ふぅっ、あんたのその力と……ぜぇっ……自信が妬ましいわ」
「あはは、なら頑張るしかないねぇ。あぁ、そうそう。ところで、パルスィ」
「っはぁっ……なに?」
「さっき、家が壊れていたが、泊まるところはあるのかぃ?あ、いや、今日泊まったところがあるのか」
パルスィは息を整えるために深呼吸してから答えた。
「昨日は地霊殿に泊まったけど、今日からは別のところに泊まらなきゃいけないのよ。だから、今晩からの宿はないわ。ヤマメのところにでも行こうかしら……」
「おや、私には聞いてくれないのかぃ?」
「え、なにを?」
パルスィは置いておいた荷物の持ち手を掴み、自分の手元へ持ってこようとしている所だった。そのため、顔は勇儀の方を向いてはいない。
「家に泊まっちゃだめなのかどうかを、だよ」
「あんたの家に泊まる?……いいの?」
「うん。というか私は大歓迎なんだが……」
「あーじゃぁいいかしらねー?一度でいいからあの屋敷を泊まってみたかったのよ」
「おお、今日のパルスィは素直だねぇ」
「うるさい!さすがに死活問題なのよ!」
パルスィは勇儀を睨んだ。
「はいはい」
勇儀は笑顔でパルスィを見つめていた。そんな勇儀に少しむかついたパルスィは、勇儀めがけて自分の荷物を放り投げる。パルスィは顔を狙っていたようだが、勇儀は簡単にそれを受け止めた。
「危ないなぁ、中身は平気なのかぃ?」
「壊れるようなものは入ってないわ」
勇儀は袋を触ってみた。たしかに硬いものは入っていない。中身は服だけのようだ。
「あんたは荷物持ち。行きましょう、勇儀」
「仕事はいいのかぃ?」
「元々誰も来ないでしょう。それに、代理が来たみたいだわ」
パルスィは旧都の方向を指す。勇儀がそっちを見ると、大きな影がこっちへ向かってきてた。
「ん?あぁ、あいつは大工の三郎か」
「そ、私の家を建ててもらうついでに仕事も代わってもらうの。さとりが計らってくれたわ。さて、それじゃ本当にいくわよ?」
すでにパルスィは旧都に向かって飛び始めていた
「はいはい、私の愛しい橋姫」
勇儀もパルスィに続いて体を浮かばせた。
そして、旧都―――星熊勇儀の家。パルスィと勇儀は居間にいた。二人は部屋にあった座布団を使い、机を間に挟んで座っていた。
「さて、パルスィ」
勇儀はそう会話を切り出した
「今日、ここに来てもらったわけなんだが、その、なんだ。私はお前さんをもてなすような料理はまったくできないんだ」
「別にいいわよ、いつも通りので。どんなのなら作れるの?」
「えーと、この前の晩飯は……ご飯と焼き魚と味噌汁、あとはもらいものの漬物と煮物だな」
「あんま作ってないじゃない。まぁいいわ、味噌汁の具は?」
「味噌、酒以上」
「味噌汁にまで酒をいれてるのか、あんたは。というかそれ具って言わないわよ!」
「私は料理は苦手でね……でも、美味しくなればいいと思って入れたらやっぱりおいしくて……」
「酒ならなんでもいいのか……」
パルスィは呆れて、物も言えない様子だった。そして、少し考えて、勇儀に提案をした。
「もういいわ。私が作るわよ」
「おぉっ!パルスィの手料理かぃ!?」
「不本意だけどね。材料と台所は勝手に使わせてもらうわよ」
「いいよ。というか楽しみだ!」
「あっそ。じゃぁ行きましょう」
パルスィは勇儀に案内されながら台所へ向かった。
「さて、じゃぁなに作ろうかしらね。何か好き嫌いはある?」
「好きな物は酒。嫌いな物は食えるものなら特にない」
「うん、聞くまでもなかったわ」
「あ、でも……」
勇儀はほんの少しだけ続きをいう前に間を開けた。
「好きな人、ならパルスィだよ?」
「―――っ……あ、あんた、よくもそんなっ……あ、あ、あんたの能天気さが妬ましい!」
そうして、顔を真っ赤に染めたパルスィは、晩ご飯の調理を開始した。
晩ご飯の調理はスムーズに終わった。
そして、その調理されたものはすぐに居間の机へと並べられる。
「ふむ、じゃぁ食べていいのかぃ?」
勇儀は今すぐ食べたいという様子で、目を輝かせ、箸を掴んでいた。
「どうぞ」
パルスィのその言葉を聞いてすぐに、勇儀は箸を両手の親指で挟み、手を合わせて、いただきます、と元気に言ってから料理を食べ始めた。
「おおっこりゃうまいねぇーさすがパルスィ」
「ほめても何も出ないわよ」
そして、パルスィも顔の前で手を合わせてから料理を食べ始めた。
こんな調子で――――――
「ごちそうさまでした。いやーこんなうまい料理久しぶりに食べたねぇー」
「宴会で、メイドのおいしい料理を食べてるでしょう?あの料理の腕が妬ましいわ」
「いや、たしかにあれもうまいが……こいつはパルスィの愛がこもってるからなおおいしく感じ―――――」
「馬鹿言ってないで!……風呂入らせてもらうわよ」
「あいよー蛇口とやらをひねれば温泉出てくるからー」
パルスィの勇儀宅への一日目―――否、日々は過ぎていく。
「んー……よく寝たわ」
そして、勇儀の家にパルスィが泊まり始めて少し日にちの過ぎたある日のこと。
パルスィは、勇儀に割り振られた客室で目を覚ました。この部屋は、勇儀の家であまり使われていない部屋の一つらしい。というか、勇儀にとってこの家は広すぎるらしく、こんな部屋はたくさんあるらしい。
ついでに補足だが、泊まりにきた一日目に、勇儀が普段から使用している寝室で一緒に寝るという案もパルスィは受けている。だが、それをパルスィは断った。――恥ずかしかったとか、一緒に寝るのはいやだとか、襲われそうとか、おそらくそんな理由だろう――
その結果、この部屋に泊まらせてもらうことになったのだ。
パルスィは簡単なストレッチをして、完全に目を覚ました後、普段着へと着替えた。
「今日は……少し寝過ぎたわね」
時刻はすでに巳の刻……午前十時くらい。昨日、勇儀と共に酒を飲むという愚行をおかしてしまったパルスィは、酔い潰れるまで酒を付き合わされたのだ。
ちなみに、その時のつまみはパルスィの手料理である。初日に夕飯を作ってから、勇儀はパルスィの手料理を気にいってしまったのだ。だから、パルスィが泊まっている間は、パルスィがご飯を作ることとなった。
元々居候の身だからそれくらいはする、ということでパルスィも納得している。
勇儀は最近、昼間はよく外に出かけるが、珍しく夜の宴会には参加していない。
どうやらこれもパルスィの手料理を少しでも多く味わっていたいから、らしい。
というわけで、朝ごはん―――すでに昼も近いが――――として何を作るかを考える。
「やっほー勇儀ぃー!」
「あそびにきたよー」
しかし、思考はそんな声に中断させられる。いったい誰だろう、と思ったパルスィが玄関まで行くと、そこにいたのはキスメとヤマメだった。
「おぉ!本当にパルスィがいた!」
「なによ、その反応。勇儀に聞いて来たの?」
「うん。昨日の昼間にね、教えてもらったんだ。で、招待されたわけ」
ヤマメは楽しそうな顔をして、そう語った。
「そう。でも勇儀ならまだ寝てると……」
「いいや。さすがの私でも、客人ほっといて寝てるわけがないね」
玄関口に突然現れた勇儀にパルスィはぎょっとした。だが、キスメとヤマメは勇儀の登場により、もともと楽しそうだった顔をさらにほころばせた。
「あ、ゆうぎだー」
「まぁ。今起きたところなんだがね」
勇儀は苦笑した。キスメとヤマメの二人を一瞥し、三人におはよう、と声をかける。
「今日はよく来てくれたねぇ」
「そりゃまぁ、勇儀の招待だったし」
「ねぇ、きのうの―――――」
楽しそうな笑い声で、楽しそうな会話だった。
「…………」
パルスィは、無言でその光景をただただ見ていた。
「ん、どうかしたかぃ?パルスィ」
「別に、なんでもないわ。朝食作ってくる」
パルスィは、キスメとヤマメの二人を見やる。
「二人もいる?」
「あー……実は朝ごはん食べてきててね。気持ちだけで十分だよ」
「うん。へいきだよ」
「だからその分、勇儀を思ってしっかり作ってきなさい!」
「……えぇ」
そう言って、パルスィは台所へ向かった
「おろ、パルスィがなにも言い返さなかった」
「めずらしいねー」
いつもなら顔を真っ赤にして言い返すのに、とヤマメとキスメは首をかしげていた。一方、勇儀はなにやら不満げな顔をしていた。
勇儀は、振り返って台所へ向かうパルスィの顔を見てしまったのだ。パルスィは、無表情だった。それでも、勇儀にはそれが今にも泣きだしてしまいそうな、そんなもろい表情に見えたのだ。そんな―――雰囲気を感じたのだ。
「二人とも、こんなところにいるのもなんだし、居間に行くとするかね」
二人は勇儀の提案に乗って、三人で居間へと向かった。
そしてその後、台所。パルスィは玄関にいたときと変わらぬ無表情で朝食を作っていた。“変わらぬ表情で”だ。つまり、勇儀が泣きそうだと思えた表情と雰囲気のままでもある。
トントントントン
周囲には包丁が物を切る音だけが響く。ここには今パルスィ一人……だった。
ただし、
「パルスィ」
勇儀の声がかかるまでは、である。しかし、勇儀の声など聞こえていないとばかりに、パルスィはそのまま朝食を作っていた。
「パルスィ」
勇儀が再びパルスィに声をかける。しかし、パルスィは振り向かない。
「パルスィ!」
「……なによ」
そこで、ようやくパルスィは振り返る。その顔に、表情に、雰囲気に変化はない。
「どうしたここにいるの?キスメは、ヤマメは?」
「二人には居間で待ってもらってるよ」
「客人ほっとかないんじゃなかったのかしら?早く戻りなさいよ」
いいや、と勇儀は首を横にふる。
「お前さんも客人だからね、放っとくわけにはいかないよ。特に、そんな顔をしているお前さんなら、なおさらね」
「私はどんな顔もしてないわ。朝食作るのの邪魔になるから、早く居間に行きなさいってだけよ。それに私なんかよりあの二人といる方が楽しいでしょ?」
「いいや。私は戻らないよ」
パルスィの表情がゆがんだ。目に水がたまり、今にもあふれだしそうになっている。
「なんでよ……なんでよ!放っておいてよ!私は嫉妬の妖怪、下賤な妖怪。そう呼ばれるだけの存在。実際ヤマメとキスメとあんたが楽しそうに話していたとき、私は嫉妬していた!そんな私をあんたは気にかけるの!?そんなのは偽善よね?あんたにとって……私はなんなのよっ―――」
悲痛な叫び声。嫉妬の、強い恨みのこもった声。おそらく、これを聞いた人間や、弱い妖怪なら倒れかねないほどの恨みがこもっていた。
しかし、彼女の目の前にいるのは、とてもとても――――強い妖怪。
「私にとってのお前さんは、かけがいのない存在さ」
勇儀は自らの大きな腕でパルスィをギュッとだきしめた。パルスィの顔は勇儀の胸元に押しつけられる。
「……どうせ、そんなことみんなに言ってるんでしょ?あんたの優しさは妬ましいくらいだから」
「言ってないよ。私は本気で惚れた相手には一途さ」
「本気だという証拠がどこにあるっていうのよ。いつか裏切られるにきまってる」
「私は裏切らない。約束する。鬼はうそつかないよ。私、星熊勇儀は水橋パルスィを心の底から愛しているんだ」
「勇儀……っ―――痛い……」
勇儀はさらにきつくパルスィを抱きしめていた。それは、パルスィを逃がさないという勇儀の心のあらわれなのかもしれない。
「すまんね。もう少しこうさせておくれよ」
「勇儀……」
「パルスィ。お前さんは私のことどう思ってる?お前さんにとって私はなんだぃ?」
「……妬ましくて、妬ましくてたまらない。あんたと誰かが話しているとそいつが妬ましい。嫌いじゃないわ。むしろ……」
パルスィは言葉をつまらせる。顔や耳さえも赤く染まっていた。
「むしろ、なんだぃ?」
「――――――」
そっと、勇儀にしか聞こえない声で続きを教えた。
――――好きという言葉を
「私も大好きだぁぁああああ」
その言葉を受けて、勇儀はうれしさのあまりパルスィをもっとさらにきつく抱きしめてしまった。
「ゆ……ぎっ……いきっ、死ぬっ……!」
鬼の力だ。本気で抱きしめられたら息も止まるだろう。それにきづいた勇儀はぱっとパルスィを離した。
「いや、すまんね。つい……」
「まったく、喜びすぎよ。バカ」
そして、二人は笑った。勇儀もパルスィも、声をあげて笑った。
「勇儀ーパルスィーいつまで朝食作ってたのさーもう昼だよ」
「まだたべてもいないし……」
キスメは、パルスィの持つ二人分のご飯を乗せたおぼんを見ていた。
すでに朝食を作り始めてから50分経過していた。つまり、それだけの間、二人は放置されていたことになる。
「もしかして二人でお互いを朝ごはんとして食べてたとか?」
「……ヤマメ?」
パルスィは鬼の形相と言わんばかりの顔でヤマメを睨みつけた。おそらくこれは、キスメがいるからそういう会話はやめろ、ということなのだろう。
「冗談だよ。でも、実際どこまでいったのさ、勇儀」
「ん……?いや、今ようやく告白したとこ―――っ」
勇儀はパルスィに後頭部をはたかれていた。
「いいから、ご飯食べるわよ」
「……ん、はいさぁ」
そして、机を四人で囲んで、顔を真っ赤にしているパルスィと、にやついている勇儀はヤマメとキスメの談笑に付き合いながら、朝食――――というよりすでに昼食に近い―――を食べていた。
そして、ごちそうさまでした、という声が居間に響いたころ。
「姐さーん。勇儀の姐さん。いらっしゃるでしょうか?」
玄関から声がした。全員、声の主は誰だかわからないようだった。
「ん……だれだろうねぇ。ちょっと見てくるよ」
そう言って、勇儀は立ち上がり、玄関まで出ていく。玄関で勇儀が見た人物は、つい先日もその顔を見た人物――――大工の三郎だった。
「おや、三郎。どうしたんだぃ」
「いや、ここに橋姫さんがいるってきいたんで。いるなら伝えてほしいことがあるんです」
「ん、なんだぃ?」
「橋姫さんの家の修理は終了した。いつでも家には戻れるって」
「そか、わかった。伝えておくよ」
「頼んます。姐さん」
それだけ言って三郎はその場から立ち去った。そして、勇儀は居間へと戻る。ヤマメは居間に入ってきた勇儀を見上げながら、質問した。
「誰だったー?」
「あぁ、大工の三郎だよ」
パルスィはその言葉だけですべてを理解したようだった。
「私の家、完成したのね」
「あぁ、みたいだよ」
「そう。じゃぁ、帰るとするわ」
「もうちょっといてもいいじゃないか。私は別にかまわないよ?」
勇儀は名残惜しそうに、パルスィを見ながらそう言った。しかし、パルスィは首を横に振る。
「家が完成するまで、っていう約束だったからね。また、気が向いたら泊まりにくるわよ」
「……わかったよ。じゃぁ、気が乗ってくれるまで待つとするかねぇ」
そして、パルスィは荷物をまとめてその日のうちに勇儀の家から出ていくこととなった。
ヤマメとキスメが家に帰るのと同時にパルスィも家に帰るという手はずになった。
別に荷物が多いわけではないので、パルスィは一人で平気なのだが、とりあえずキスメとヤマメを家まで送るという意味もあるらしく、全員一緒になって帰ることにしたのだ。
ある程度別れの挨拶を全員で済まし、ヤマメとキスメは家へ飛び始めていた。
しかし、パルスィは最後に残って二人きりで別れの挨拶をすることになっている。
「寂しくなるねぇ」
「あら、さみしがってくれるの?」
「そりゃもう。さみしくて、さみしくて、またすぐにでも橋に遊びに行っちゃいそうだよ」
「あんまり迷惑かけなければ歓迎してあげるわ。だから、今日はこれで我慢しなさい」
勇儀は自分の唇に柔らかい感触を感じた。それはパルスィのそれと自分のそれが重なった感触であると気づくのには少し時間を要した。
「それじゃ、またね」
そして、勇儀が呆然としている間に、パルスィは先へといったヤマメとキスメを追いかける。
そして、全ての状況を頭の中で理解した勇儀は、腹を抱えて笑いだした。
「あはははははは!パルスィ、お前さんはどこまで私を惚れさせれば気が済むんだぃ!」
そして、その言葉は空を飛んでいる最中のパルスィの耳にまで、しっかり届いていたようだ。
「……それはこっちのセリフよ。バカ」
誰にも聞こえないような小さな声で、パルスィはそっと呟いたのだった。
橋から見えるほのかな光は、地上が晴天であることを地下に教えてくれる。
そして、そんな光を見つめながら、今日も鬼と橋姫は静かに談笑する。
いつもと変わらない日常。いつもと同じ日常。
そんな日常とたまにある非日常を織り交ぜながら、二人は―――――――
あとがき
というわけで、どうも読んでくださってありがとうございます!
この小説はクーリエ様に当初投稿させてもらったものです。
私が書いた勇パルとしては二作目です。いやーこの小説書いてる時はサイトやるなんて考えてもなかったですよ。
これでも長いほうです、私にとっては。普段はもっと短いのばっか書いてるのでね!これは頑張ったほうなんです。
とりあえず途中がシリアス気味になりながらも、砂がはければいいなぁ、と思って書きました。
バカップルばっか書いてる人間なので、こういう風になってしまうのです。
まぁ、なんにせよ、今回はこれを読んでくださってありがとうございました!感想はBBSまたはメールにどうぞ!
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