地底を、寒くて痛い冷気が包んでいる。しかも、地底には空がないはずなのに雪まで降っていた。白い花みたいな冷たいそれが地底に冬の訪れを告げる。

「うぅ……寒いねぇ……」

私、星熊勇儀はそんな地底の中を飛んでいた。肌に突き刺さる冷気をごまかしたくて、体をさする。
こんな寒いときには酒が飲みたい。酒を飲んで暖まりたい。そう思う私。普段なら宴会に向かっているだろう。
しかし、私は旧都を離れ、向かう先は地底の橋だった。
私にとって、宴会よりも暖まれる人がそこにいるからだ。





橋に着くと、彼女が橋の上にいた。地底の穴の方を向く彼女は私の存在に気づいていないようだ。
そんな彼女を見て、なんとなく悪戯心が湧いた私は、彼女に気づかれないようにそっと後ろから近づく。
彼女は自分の手に息をかけていた。どうやら、私と同じで彼女もこの寒さに堪えているらしい。

「はーっ……さむ……」

そう彼女が言ったのが聞こえたから、私は後ろから彼女をぎゅっと抱きしめた。

「たしかに寒いねぇ。こうすればあたたかくなるかぃ?」
「!?」

突然抱きしめられたことに驚いた彼女……パルスィは一瞬体を硬直させる。
私より一回り小さいその体は私の腕の中に収まって、私の体にパルスィの温度が伝わってきた。パルスィの体は暖かくて気持ち良かった。

「あーっ……パルスィは暖かいねぇ。ぬくぬくしてて気持ちがいいよ」
「勇儀……離れなさいよ」

パルスィは首を後ろに向けて、私を睨んでくる。だが、そんなふうにパルスィに睨まれても、私としてはパルスィがかわいいと思うことしか出来ない。

「なんでだぃ?別にいいじゃないか。寒いんだし」
「寒いからって私にひっつくな!」

パルスィはそう叫ぶ。しかし、言葉とは裏腹に、私の腕を払おう、とかそういう抵抗はいっさいみれない。照れてるのかな、と思って、私はそこを指摘してみる。

「ほんとにそう思ってるなら抵抗すればいいじゃないか」
「………わ、私は寒いのが嫌いなのよ」

パルスィはぷいっと顔を背ける。だが、顔を背けても耳まで真っ赤だから、彼女の顔が赤いのはよくわかった。

「なら、こうしてても問題はないねぇ」

私は満面の笑みでパルスィをぎゅっとする。すると、パルスィも私に体重をすっとかけてくれた。体を委ねてくれてる、そう思うとなんだかうれしかった。
パルスィが座ろう、というのでその状態のまま橋の端に私たちは座った。

「………まったく、キスメやヤマメに見られたらどうするのよ?」
「別に見られたっていいじゃないか。私たちが仲いいってのを知ってもらえるわけだ」

というか、私がパルスィを抱きしめたいだけだから、他人が見ようとなにしようとこれを解く気にはなれない。

「その脳天気な頭が妬ましいわ」
「あはは、褒めてもなにも出ないよ?」
「褒めてない。一言も褒めてない」

パルスィのその言葉を区切りに。少し会話がなくなる。
会話がないとパルスィの華奢な体をぎゅっとしている今の状況を楽しめる、という意味でもあるかもしれない。
パルスィは結構、というかかなり細い。私は全体的に筋肉質だから少し太めなのだ。それに比べてパルスィは細くて、折れてしまいそうだ。
そして、パルスィの髪。パルスィの金の髪は、私の髪と色は同じだが、髪質が全然違う。私のがさらさらならパルスィはふわふわだ。柔らかい。しかも、いいにおいがする。
たまらず、私は鼻先をパルスィの髪に埋める。パルスィは少し煩わしそうに顔を動かしたが、なにも言わなかった。

「……んん……パルスィ……」
「なによ?」
「大好きだ。愛してる」

耳元でそうささやくと、パルスィの顔がかぁぁぁ、と真っ赤になるのがわかった。パルスィは私の腕を外して私を突っぱねた。
パルスィは顔を真っ赤にさせながら、凄く動揺していた。

「と……突然何言ってんのよっ!」
「なにって、愛の告白」
「突然耳元でそんなの囁くな!バカ!」

パルスィはそれだけ言ってその場から逃げ出した。パルスィは本来ここにいなきゃいけないということを忘れているらしい。あぁ、私のその一言だけでそこまで動揺しちゃうパルスィ、かわいいなぁ……
――こんな毎日が普通の日常。私とパルスィが一緒にいる日々だ。





「ん?宴会……地上でかぃ」
「うん。そうなんだって」

私にその情報をもたらしたのはヤマメだった。パルスィのところに行こうとしたらヤマメが私の家を訪ねてきたのだ。ヤマメがここに来るのは珍しいから、どうしたのか、と訪ねたら……

「今日、地上で宴会があるんだって」

とのことだ。

「前の宴会は勇儀行かなかったんだからさ。パルスィ誘って行ってきなよ」
「んー……そうだねえ……私も宴会には行きたい……な。萃香と久しぶりに飲み交わしたいと思ってたんだ」

だからといってそうそう地上に行けるわけではない。パルスィには橋の管理。私には旧都の警備。それぞれそう簡単には離れられない理由があった。

「大丈夫でしょ。少しくらいなら」
「そう……かなぁ?」

パルスィが橋を離れるか、といわれれば正直微妙だ。前回の宴会に行かなかったのだってほとんど、パルスィが行かないと言ったからなのだ。

「多分ね。行ってきなって。パルスィとお出かけできるチャンスなんだから」
「………んんん……わかった。パルスィ誘ってくる」
「うん。いってらー」

ヤマメの声を聞きながら、私は橋へと全速力で向かった。
橋にはいつも通りパルスィがいた。今日は私の接近に気づいたようだ。体をこちらに向ける。
私は橋に降り立つと、単刀直入に話題を切り出した。

「なぁ、パルスィ。ちょいと地上に行かないかぃ?」
「……地上?なんでよ。理由は?」
「神社で宴会が催されるらしいからね。一緒に行けたら最高だなぁ、と」

私の言葉にパルスィが呆れたような顔をする。

「あんたねぇ……私は橋の管理って仕事があるんだから、そう簡単にここを離れられないのは知ってるでしょ?」
「そう、だよねぇ。やっぱ、無理かぃ?」
「無理よ。だから、一人で行ってきなさい」

……あらかじめ断られるかも、と思っていたが、やはりそうやって断られるのは寂しいものだった。
パルスィが行かないなら、私も行かないでいいかなぁ。

「いや、それなら私も行かな……」
「私のことはいいわよ。宴会、行きたいんでしょ?」

たしかに、正直いえば宴会には行きたい。たまには地上でも飲んでみたい。
……パルスィがいいのなら、行っていいのかな……

「………わかった。すまないね。パルスィ」
「……私と一緒に飲むより楽しいわよ。きっと」
「そんなことはないね!パルスィ、私は……」

私が否定しようとすると、パルスィは私の目の前に手を出して発言を遮った。
そして、曖昧な表情で微笑んだ。

「いいから、早く行きなさい。宴会が始まっちゃうわよ」
「………わかった、いってくるよ」
「えぇ、いってらっしゃい」

私は橋を飛び立ち、地上へ向かう。
……パルスィになにかお土産を持って帰ろう。
私はそう思いながら地上の穴をくぐり、地上の空のもとへ出てきた。
地上では既に太陽が落ちていた。夜の闇を照らすものは月と星の明かりしかない。

「勇儀ー久しぶり。元気だった?」
「おぉ、萃香。久しぶり。私は元気だよ」

私はすぐに神社へ向かった。すでに宴会は始まっていて、萃香が紅白や白黒と共に酒を飲み始めていた。私はその三人の横に座り込んだ。

「あんたたち、前の前の宴会では会ってたじゃない……」
「たしかに、久しぶりってほどじゃないと思うぜ」

紅白と白黒はそういう。
だが、私にとっては久しぶりなのだ。昔ならもっと宴会が多かったから。もっとかなりの頻度で仲間たちには会っていた。そう説明すると萃香が同意をする。

「それに、勇儀は前回の宴会来なかったんだしね」
「あはは、宴会では、私のお姫様は連れてこれないからねぇあまりたくさん来るわけにはいかないんだよ」

私個人としてはパルスィを連れて来たかったのだが、それは仕方ない。

「あー……橋ほっといて橋姫が宴会来るわけにはいかないのよね。たしか」

紅白が思い出したようにそういった。そうか、さとりにでも聞いていたか。

「そういうことだね。まぁ、地底の方にも宴会はあるから私は普段そっちで楽しむさ」

そこまで会話をしたところで私も酒を飲んだ。喉元がかーっとする。それが気持ち良かった。
中々に強い酒のようだ。しかし、さわやかであり、私好みの味をしている。

「ぷはぁっ……うまいねぇ……」
「……随分熱々なんだね。橋姫とは」

萃香が横で同じ酒を飲みんでいた。顔は赤らんでいるが、いつもの明るい顔ではなかった。
そんな顔に疑問を感じながら、私は萃香の話に答える。

「まぁねぇ。私はパルスィのこと大好きだから」
「まぁ、勇儀があいつに骨抜きにされてなきゃいいけど」

萃香が酒を煽るように飲む。なんだか、機嫌が悪そうだ。
そういえば、萃香は昔、旧都にいた時からあまりパルスィが好きではなかったか。パルスィの話を聞いていらついてるのかもしれない。

「……大丈夫さ。お前さんがパルスィのことをあまり好きじゃないのは知ってるが、あの子はいいやつだよ」
「下賎な妖怪だと私は思うけどね」
「………萃香……」

萃香はぐっとその場から立ち上がった。その手に持っていたはずの杯は足元に置かれていた。萃香が酒を置く、なんて珍しいこともあるもんだ、と思った。

「ねぇ勇儀。ちょっと弾幕勝負しようよ」
「あぁ?なにいってんだぃ……?」

こんなところで弾幕勝負をやるのか、と尋ねれば萃香は頷いた。

「いいじゃないか。手加減ありの弾幕勝負ならここ一帯を壊すことはないじゃないか」

萃香の目は、力強く私をみつめていた。手加減あり、のはずなのに本気の目だ。
まぁ、ここで勝負を断っては力の勇儀の名が廃るってものだ。

「………よし、わかった。やるとするかねぇ」

私が快諾すると、横にいた白黒が乗ってきた。

「おぉ、勝負なのか?やれやれー私たちを楽しませろー」
「魔理沙、煽んな!……まぁ、ほどほどにやりなさい」

白黒はどうやら既に酔いが回っているようだった。紅白もこの場での勝負を許可してくれたようで、これでなにも考えなくてよくなった。
私と萃香は神社の外れにある開けた空間に出ることにした。
そこに立つと、いきなり萃香が啖呵を切った。

「勇儀!あんたが力まで骨抜きにされてないか確かめてあげるよ」
「私は精一杯頑張るとするよ。枚数はどうするんだぃ?」
「そうだね……三枚でどう?」

萃香は指を三本突き立て、私に示してきた。

「それでいいよ。じゃぁ、やるとするかぃ!」

私は自分の手の平に拳をたたき付け、戦闘に対する覚悟をつける。
一瞬、お互いの時間が凍りつく。戦闘直前の停止。嵐の前の静けさ、というやつだ。
そして、先に動きだしたのは萃香だった。

「こっちからいくよ!鬼神『ミッシングパワプルパワー』」

萃香はスペカを取り出し宣言する。すると、萃香の小さかった体がどんどん大きくなっていく。その大きさたるや、見上げ入道のようだ。

「よっと……じゃぁ私は……鬼符『怪力乱神』」

しかし、私も負ける気は毛頭ない。スペカを取り出し、自分の技を宣言すれば、弾幕があたりに広がる。
しかし、萃香の攻撃は私の弾幕を薙ぎ払った。私のスペルカードが消え、私を守るものがなくなる。その隙に萃香は私に拳を振り下ろす。
私はとっさに後ろに下がってそれをかわした。

「つっ………それじゃぁ次行くよ!力業『大江山颪』」

今度は私の番だ。
辺り一面に広がるのは温い山颪の大玉。大きくなっている萃香には早いところも遅いところも、全てが一緒に襲い掛かってくる。

「むむむ……」

実際、萃香も苦戦しているようだ。
萃香はその状況を不利と思ったようでスペカを終了させる。そして、新たなスペカを取り出す。

「鬼気『濛々迷霧』!」

萃香が宣言した途端に萃香の姿が見えなくなる。萃香が自分の密度をいじって霧の姿となったのだ。
萃香の姿が見えなくなって、私は避けることしかできなくなる。

「ははは、当たらないよ!萃香ぁ」

しかし、攻撃をしなくていいこの状況なら避けるのはたやすくもある。
私はとにかく萃香自身の霧から避けつづける。しばらく避けつづけると、終了時間になったようだ。萃香がその姿を見せた。

「なんだぃ、こんなもんかぃ?萃香ぁ。大口叩いたわりには普通じゃないか」
「言ってくれるじゃないか、勇儀。まだだよ。まだスペルカードは残ってる!」

萃香は興奮していた。戦いに関する興奮。それは私も同じで、今のこの戦いが楽しくて仕方がなかった。

「来な!全部相手してあげるよ!」
「これがラストッ……『百万鬼夜行』!」

萃香は最後のスペカを宣言する。
萃香らしい、とてつもない力技。純粋にパワーだけで押し切る弾幕だ。
これを避けきるのは難しいかもなぁ、なんて思っていたら右の手の平にちっ、となにかが掠った。
あぁ萃香の弾幕か、と思った。手の平が熱くて熱くて、たまらなかった。そんな熱さがうれしくて……私の力もしっかり萃香に見せ付けてやりたくなった。
だから、最後の一枚を、萃香の弾幕を避けながら取り出す。

「四天王奥義……」

そして、静かに宣言する。

「『三歩必殺』」

一歩、二歩、と私は進む。
そして、私が三歩目を踏み鳴らしたときに、勝負は決まった―――






「いったたた……」
「あはは、大丈夫かぃ?萃香」
「んん……まぁ、問題はないかなぁ」

萃香は肩を回しながらそういった。体に大した傷は見られなかったし、怪我をしていても、萃香ならすぐに治るだろう。
勝負は……結局私の勝ちで終わった。私の最後のスペカが萃香に直撃し、萃香は地面へと墜落した。

「いやーいい勝負だったぜ」

勝負の時には少し遠くから見物していた白黒が近寄ってくる。

「てか、やっぱ鬼の弾幕はむちゃくちゃだな、特に萃香のは。」

相変わらず私の参考にはなりそうにないぜ、と白黒は笑う。
そんな白黒に、誰かが突撃してきた。
それは妖精だった。多分……氷精……だろうか。周りに冷気が漂っていた。
その突撃してきた氷精は、目を輝かせながら魔理沙を見ていた。

「魔理沙!あたいと勝負しよう!」
「チルノ……いいぜ、やるか。なぁ、萃香、勇儀。私たちがここ使っていいか?」
「ん?あぁ、今退くよ」

私は萃香と共にその場を離れ、宴会の真っ只中に戻った。私たちが元いた場所では白黒の弾幕の光が輝いていた。
そんな光景を横目に見ながら、私は酒を用意する。
とりあえず、横にいる萃香の分も用意してから私は自分の酒を呑んだ。

「ねぇ、勇儀」

私を呼んだのは萃香だった。萃香は私の用意した酒を飲み始めていた。

「ん?なんだぃ?」
「あの……さ、勝負ふっかけて、ごめん」

萃香がかくん、と頭を下げる。

「ん?ああ。いいよ。私としても戦いたかったからねぇ」

萃香に謝られるようなことはないよ、と私が言うと、萃香は頭を上げた。

「あはは……橋姫のことを幸せそうに語る勇儀を見てたら、試してみたくなっちゃったんだよね。橋姫への愛がほんとなのか、ってのを。愛を知ってるやつは強いって言うじゃないか」

「……そうかぃ」
「まぁ、そういう意味だと勇儀は、はなまる合格だね」

萃香はぐっと杯に入っている酒を一気に流し込んだ。
そして、私を力強く見つめる。その瞳は、さっき見た時よりももっと澄んでいた。萃香の迷いが消えた証拠なのかもしれない。

「……私はあの橋姫が旧都にいたころからあいつが好きじゃない。今だってそれは変わらない。私があいつを嫌いなのは、どこまでも嫉妬深く狂っているあいつ自身が許せないし、あいつが鬼女なのが、同族なのが許せない」

あぁ、と私は相槌をうつ。これは、萃香のほんとの本音なんだな、と思い、私は呑んでいた酒を足元に置いた。

「だけど、勇儀があいつのことを好きなら、それでいい。あいつが勇儀のことを好きなら、それでいいよ」

だからさ、と萃香は付け足す。

「星熊勇儀は水橋パルスィを守ってやりなよ。お姫様を守る鬼、なんてそんなお伽話はないけどね」

お伽話は、子供に聞かせる作り話。幻想の存在である我等妖怪の話。
なら、幻想の存在の話であっても、お伽話にないような、そんな話に私とパルスィの話はしてやろうじゃないか。
私がパルスィを守るのは、嘘でないのだから。

「はん。姫を守るのは侍の役目だと誰が決めた?私は鬼だ。だけど、私は私のお姫様を、全身全霊をかけて……この身に代えても、守ってみせるさ」
「………よくいった」

萃香がにかっ、と笑う。

「それでこそ、我が親友。それでこそ、星熊勇儀だよ」

萃香が足元にあった私の杯を私に差し出してきた。私がそれを受け取ると、萃香がそれに酒をなみなみ注いでくれた。
そして、萃香が自分自身の杯も酒で満たす。

「それじゃぁ、今日は思う存分飲もっか。久しぶりの再会だし」
「そうだねぇ。いい酒をいい友人と飲めりゃぁ最高だ」

杯を少し掲げてから、乾杯、と二人で言って私と萃香は酒をくっ、と一気に飲んだ。






私が地底へと戻ったのは、夜が明け、宴会がお開きになってから。肌寒い空気の中、地底に潜り、空を飛んでいると橋が見えてきた。
橋には一人の人影がある。どうやら既にパルスィは橋姫の仕事を始めていたようだ。

「パールスィ。ただいまぁ」
「あぁ、帰ってきたの。宴会は楽しかったかしら?」

パルスィは私が帰ってきたのを見て、そっと微笑む。私はパルスィの問いに対して頷いた。

「うん。みんなで騒いできた」
「そう……うわ、酒臭い……」

私が近寄ると、パルスィが酒の臭いに顔をしかめた。そんなパルスィを見て、私はからからと笑う。

「たくさん飲んできたからねぇ」
「まったく……飲みすぎよ」

パルスィは静かにため息をついた。しかし、私としては物足りない。

「ふぐぐ……まだまだだよ。というわけで、飲むとするかぁ」

私は宴会で飲んでいた酒を取り出す。これは萃香から貰ったものだった。中々に度数が強いのだが、さっぱりしていて私は気に入った。

「……まだ飲むの?宴会で浴びるほどに飲んできたんでしょ?」
「んー……そうだねぇ。でも、私はパルスィの隣で飲みたいんだよ」

私がそういうとパルスィはそっぽを向いた。照れてるのかな、と思った。パルスィは私の真っすぐな言葉に意外と照れる。私は本心を言ってるだけなんだけどね。

「……か、勝手にしなさい。私は飲まないから」
「そうかぃ、パルスィも飲めばいいのに」

パルスィの反応はない。私は座ると、橋の欄干にもたれかかり、自分の杯に酒をついで、飲む。やはり、親友と共に飲む酒も良いが、恋人の横で飲む酒は格別だ。
酒を飲んでいるためか、パルスィの隣にいるためか……頭がぽやぽやしてきた。それでもまだまだ私なら飲めるだろう。鬼である私ならば。
私は杯を傾ける。すると、横で見ていたパルスィが驚いた様子で私に話し掛けてきた。

「……!勇儀っ……あんた、怪我してるじゃない」
「ふへ?」

私が右手をみやると手の平に一文字の傷がついていた。

「……あ、ほんとだねぇ。さっき萃香と弾幕勝負したときかな……」

パルスィが心配そうに私の腕を見る。初めて会ったころならこんな風に心配そうに私を見てくればしないだろう。そう考えると嬉しいものだ。

「いや、大丈夫。もう血は止まってるみたいだ」

私は血がすでに止まっているのを示すために傷を少しいじくる。
――ほら、もう塞がってる……

「ちょっと……傷が開くわよ?」
「へ?」

手に生温いものがだらりと流れる。傷を見ると血が流れ出していた。

「あ、開いた」
「まったく……言わんこっちゃないわ」

パルスィが呆れたようでため息をつく。まぁ、別に痛みはないから大丈夫ではある。
どこまでも赤くて、濃厚な鉄のにおいを放つそれ。私自身、あまりけがをしないので、それを見たのは久しぶりだった。
地底に来る前なら―――私たち鬼が暴れていたころなら血を流すなんて日常茶飯事だった。そう考えれば今は平和なんだなぁ、と改めて思ってしまう。


「あはは、ごめんごめん。酒かければ治るさ」

私は消毒として酒を腕にかける。酒をかけたことによる痛みが腕を走る。

「くぅぅ……染みるねぇ……いやーすまないね」

私は腕から顔をあげてパルスィの顔を見る。パルスィは私の腕を見続けていた。
私はパルスィの心配を払拭しようと思った。

「大丈夫さ。しばらくしたらきっと止ま……」

私が、止まる、と言おうとする。しかし、パルスィの顔が私に近づいてきているのを見て、一瞬、言葉が止まった。

「……ゆうぎ……」

パルスィはぼそっとそう呟くと私の手の平を……私の傷を舐めた。

「っ……!パ、パルスィ?」

私は驚いて腕を引き戻そうとするが、パルスィがそれを許さなかった。手をがっちりつかみ、酒と血でよごれた私の腕をきれいになめていく。
私の腕の枷がじゃらりと鳴る。パルスィは、私の枷が邪魔のようだったが、それでも気にせず舐め続けた。

「ん……ちゅ……はふっ……」

パルスィの舌は柔らかく私の手の平をなぞる。それがくすぐったくもあり、きもちよくもあった。

「はふっ…ちゅっ……」

傷口を、舌で舐めたり唇で吸ったり、甘噛みを間に入れたり。パルスィが、余すとこなく腕を舐める。
傷の部分だけではなく、血がついたすべての場所だった。私の体についた血を洗い流しているようだった。

「ぷはっ……」

そして、私の腕がパルスィの唾液だけになってようやく、パルスィは私の腕から唇を離した。
パルスィの唇と私の腕の間に銀糸がかかる。だが、その銀糸は重力に従い、ぷつんと切れた。

「パ、パルスィ?なにがしたかったんだぃ……?」
「ん。ここ」

パルスィが指をさしたのは真下。どうやら橋を指差しているようだ。
そこは、私の血で汚れていた。

「あー……私の血で橋が汚れるのがいやだったのかぃ……?」

パルスィは首を横に振った。どうやら違うようだ。

「それもあるけど………あんたの血が流れ出るのが許せなかった。あんたの全てが私のものなんだから、損なわれるのが嫌だった」
「パルスィ……」
「それに……」

そこまで言ってパルスィが欠伸をする。そしてかつん、という音と共に、私の肩にパルスィの頭が乗っかってきた。

「……あれ、パルスィ?」
「…………」

私が話掛けても、パルスィに反応がない。

「……まさか、酒に酔って寝ちまったのかぃ………?」

たしかにあの酒はかなり強いし、私はかなりの量を腕にかけた。まさか、それを舐めとっただけで酔いが回って寝てしまったのか………

「まったく……しょうがないお姫様だよ」

私はパルスィを丁重に抱き上げると、いわゆるお姫様だっこという形にしてからパルスィの家に向かう。
パルスィの家でパルスィを寝かしつける。私はそこで、パルスィの寝顔のかわいいさをしばらく堪能する。
そしてしばらく経ってから私は帰ろうかなぁ、と思って玄関へ向かおうとした。だが、それはスカートを誰かに掴まれたために叶わなかった。
スカートを掴んでいるのはパルスィだった。起きたのかと思ったが、まだパルスィは夢の中のようだった。

「ゆう……ぎ……」

パルスィのそんな寝言が聞こえる。

「あぁ、聞こえてるよ。私はここにいる。あんたを守る者は……星熊勇儀はここにいるよ」

パルスィの手を私の手で包んだ。小さい手は私の手の中にすっぽり収まった。
私は、今日くらいは家に帰らなくても平気かな、と思ってパルスィの手を握ったまま、その場に座り込んだ。






結局、パルスィが目を覚ましたのは翌日の朝になってからだった。

「ん………?」
「んぁ……パルスィ、おはよう」
「おは……よう……」

パルスィは私がいるのを見て、辺りを見回す。
それから、布団から体をむくりと起こした。

「あれ、なんであんたここにいんのよ……」
「いや、なんというか……昨日のこと、覚えてる?」
「昨日?………っ!」

パルスィは昨日のことを思い出したようで、顔を真っ赤にする。頬どころか耳まで真っ赤だ。

「あ、あれはっ……忘れなさい!」
「忘れられるわけない、というか忘れたくないねぇ」

私がにやにやしたままそういうと、パルスィが顔を真っ赤にしたままうろたえた。

「パルスィ……なんであんなことを……」

私は首を傾げながらそう尋ねる。

「いや、あの……あんたの酒の臭いに酔っちゃっただけよ!それだけ!」

パルスィが寝床から立ち上がり、そのまま走って家から飛び出した。ばたん、という音とともに家の扉が勢いよく閉まった。

「あぁ……もう……相変わらず、パルスィはかわいいよなぁ……食べちゃいたいくらいだ」

私はぼそっと呟いてから立ち上がり、家から出る。

「おぉーい、パルスィ!待っておくれよぉ!」

そして、私とパルスィの一日が、今日も滞りなく始まった―――


あとがき
というわけで、HPをうpってからの更新としてはまともなものを初めてやらせていただきました。
友人の甘い小説に感化されて、傷舐めとかやってしまいました……エロいよぉお……俺が書くにしてはエロくなった。
とりあえず、これは勇儀さんの目線です。勇儀が姐さんというより兄さんになってます。漢前だぜっ!
なんでだろうなぁ……なんでこんなに男っぽくなっちゃったんだろう。かっこいい(
もうちょい女な姐さんも書いてみたいです……無理かなぁ
あ、あと、本当はですね。これはパルスィ目線も作って、一緒に上げたかったんですよ。
ただ、ちょっと冬が終わりそうだったのと、完成できるかわからかったのでうpらせていただきました。
どうなるのかなぁ……まぁ、できたらいいほう、ということでいいですか(



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